So-net無料ブログ作成
検索選択

ヒンズー教信者があるゲームに激怒。怖いのは神様?信仰する人?

☆スポンサードリンク☆




クリシュナ

ヒンズー教のお偉い人があるゲームにてこう述べていました。

「うちの神様をゲームに出すな、みんな怒っている」

本当にみんなが怒っているかどうかなどわかりません。

一部の人は「やった、俺のところの神様を出してくれた、すてき」

思っているかもしれません。

怒る人もいれば喜ぶ人もいる。

神様を怒らせることが怖いのか、神様を崇拝する人を怒らせると怖いのか。

ちょっと考えてみました。

 

いろんな人がいる

まず人間について、いろんな考えを持つ人がいます。

ある行為について「褒める」人がいれば「怒る」人もいます。

例えば子供が誤って悪い行いをしたとき、怒る親もいれば怒らない親もいるのです。

同じように神様をあるゲームの中に入れることで、

「やった、日本のゲームに俺たちの神様が出た」喜ぶ人もいる一方で、

「おい、何うちの神様をゲームに出しているんだ、ふざけるな」

激怒する人だっていますね。

怒っている姿ははっきり抗議しないとわかりません。

人間、何かをする際は褒める人もいれば怒る人もいる。

ここはつかんでおいたほうがいいでしょう。

 

委縮はしなくてもいい

だからといって委縮する必要はありません。怒る理由も怒らぬ理由も紙一重です。

多くの人が怒る場合は確実な理由があります。

例えば「誰かを冒涜」したら、された側は怒ります。

自分のことをろくに知らないくせに否定するのですから。

でも冒涜していない場合は単にその人が「こいつ嫌い」

という意味で怒っているのかもしれません。

その場合はまともに相手にしなくていいでしょう。

 

神様は怒るのか?

神様は怒るのでしょうか。自然災害があります。

あれは近年だと科学的な解明がされております。ただ地震を含めて予測は不可能です。

しかも私たちは災害を何かに関連付けてとらえます。

そこから見ると、神様はいると考えたほうがいいでしょう。

 

私たちの中に神様がいる

神様は誰の心にもいます。あなたの心にもです。

だからこそ自分自身に対して感謝をする。これってできるようで、なかなか難しいのです。

自分に感謝するということは自分の全てを受容したうえで愛する。

自分にとって認めたくないところですら受け入れる。なかなかできるものじゃありません。

でも全部を受容して感謝できるようになると、味方が付きます。

というより「敵」がいない状態になってしまうのです。

もとより敵は存在しないのです。

ただ自分の中に敵を作ることで、目標ができる。

同時に防衛などを考えるきっかけとなる。

だから「敵」はいないと考えると無敵になります。

「敵」も生き残るためにあれこれやっているに過ぎないのですよね。

 

終わり:神様は敵に回さないほうがいい

よって、神様を敵に回すのはやめたほうがいい。

敵に回すということは自分の幻想と戦うようなものです。

ただ、相手は時に何をしでかすかわかりません。

自分の身を守るために、対策は立てておきましょう。




☆スポンサードリンク☆



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました
FXプライム口座開設

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。